表現とは何か,芸術とは何か(その2)

たっぷりの睡眠を取って起きたらいい時間.あわてて準備して新宿は歌舞伎町へ向かう.きのうに引き続き,今度は某居候氏が演出している大衆演劇をご観劇.こちらも立派な劇場で,同い年の友人の出世ぶりには驚くしかない.さて開演...笑いあり涙あり,歌ありショーありの3時間半.あっという間に時間が過ぎていく.芸人さんも役者さんもそれぞれの仕事をきっちりとやっていて,揺るがない.プロとはこういうものなのだなあと感嘆する.満足ののちに東京駅に移動,某演出家先生とともに食事して,京都に帰るのをお見送り.約2ヶ月の居候生活に一応の区切りがつけられた.さてさて,2日続けて商業演劇と呼ばれるものを観てきたのであるが,その中身といい志向といい,まったく異質なものだった.そして,きのうわからなくなった表現のこと,芸術のことがさらにわからなくなった.端的に言えば,きのうのは新しい世界を提示するもので,きょうのは観客の欲望に応えるもの.そして両者は相容れなさそう.新しい世界を提示するためには観客の欲望を裏切らなければならないし,その逆もまた然り.これらが並び立つことは果たして可能なんだろうか?いやそもそもこれらは対立しているのではなくて全く別個の概念なのかもしれず,世界の提示に観客は関係ないのかもしれない.しかししかし,観客なき芸術は存在する意味があるのか?などなど,答えのなさそうな問いが次々と浮かんではどこかに行ってしまう.さらにはこの手の問題はいろんなところに飛び火しがちで,そういえばブログも同じだなあ,ブログにおけるひとりごととコミュニケーションの間の差異は何だろうとかキリがない.しばらくの間封印していた数々の言葉が一斉に吹き出して,収拾がつかない感じ.どうやってきょうの日記を終わらせようか...でもまあ何か言えることがあるとすれば,きのう観たものときょう観たものとは,これから何十年の間に近づいたり離れたりしながらも最終的にはひとつの方向に向かっていくのだと信じたい.そしてそのプロセスを目の当たりにするとき,表現とは何か,芸術とは何かについて少しぐらいは知見を得られるのだろうと思っているし期待している.(オチなくてごめんなさい)